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「茶の間」からの教育再生

教育評論家
「人づくり、家庭づくり、国づくり」国民運動推進委員会副委員長 棚橋 嘉勝

 家庭は基本的に人間関係を築く場であり、人間として生きていく上での「心の教育」の大切な基盤になっています。しかし生活が豊かになる半面、家庭の大切さが見失われていることは重大な問題です。

 かつてわが国では、家族制度の中で親から子へと自然に「心」が伝えられていましたが、戦後、民法の改正によりその制度の良さまでがなくなり、祖先から子孫へと流れる中に自分がいるという観念すらなくなりました。大家族が一つ屋根の下で暮らしていた頃は当たり前だった世代間の相互理解という美風も、失われようとしています。

 核家族が一般的になり、親子関係が希薄になり、家族の絆も弱くなってしまいました。人々が互いの情的な絆を失い、「無縁社会」などと言われる今日の日本社会の病理は、根本には家庭の喪失があり、しかもそれが急速に広まっているわけです。

 以前は、多くの家庭の「茶の間」で家族揃ってちゃぶ台を囲み、家族がその日の出来事や子どもの将来のことなどの会話を交わしながら、食事を楽しんだ ものです。

 「茶の間」は家族が憩う場であり、子どもにとっては人生勉強のための重要な役割を持った「教室」でもありました。当然、家族の絆を深める場でもあったのです。その中で子どもたちは、優しさや思いやり、感謝と奉仕、礼節、善悪、あるいは正義と不正義の判断力など、人間の生き方として大切なものの全てを身につけたのです。

 また、人間関係で嫌なことがあっても、カッとなって人の道を踏み誤ることなく、歯止めとなり心の支えともなったのです。

 家庭は社会の縮図であり、家族は社会を支える小さな単位であり、社会的規範は本来、家庭において培われるものです。また、家庭は人間形成において大切な場です。他人の痛みや悲しみを自分の痛みや悲しみと感じるような、他人の人生を気遣う心を持たない、無責任、無節操、放縦、非道、不誠実、怠慢な若者たちを育てたのは、物質の充足の価値を中心とし、魂の充足を価値と見なさない親の価値観や、隣人や社会への愛を失わせるような生き方を強いた人生哲学への不在に責任の一端があるのです。

 精神的、情緒的な世界も、祖先、親から受けた愛情を出発点として育つことを考えると、家族は自分の生存の基盤であり、そのためにも先達に対しての崇敬の念を忘れてはならないのです。そして、祖先からの「命」のつながりによって生かされている事実を、子どもに示すことが必要です。

(Monthly News Letter「ファミリー・プロミス」より)