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オピニオンopinion

「常有是好夢」(じょううぜこうむ)

曹洞宗帝釈寺東堂                    美原 道輝  
平和大使協議会中央会副会長    (みはらどうき)
宗教者平和大使フォーラム会長                 
宮崎県平和大使協議会議長                       
 
   東日本大震災によりお亡くなりになられた方々の御冥福をお祈り申し上げ、また多数の被災者の皆様に衷心より御見舞を申し上げます。被災者の皆様は自然の猛威のみならず、人為による原発の放射能の恐怖も加わり未曾有の苦難と忍耐の日々を過されています。家庭が突然壊され、あまつさえこの寒天の下不自由と忍耐の日々を送られています。

 ところで人間社会の実態は「体相用」の三部分に分かれます。そして普通は「相(そう)」(様相)のみ理解出来るものの、「体(たい)」(本体)「用(ゆう)」(働らき)は確認出来ないものです。然し家族の一員であれば、その「相」を観て、その本体を知り得るものです。「相」を観て「体」を知る、このとき家族としての本来的な理解が出来るものです。そして始めて家庭の人々の「心」と「安らぎ」を確認出来、その絆を固くする「用」(作用)を推進することになります。

 日本では、家族の中で長い間に共に扶け合い育て合う良俗が育まれて来ましたが、それは多くの儒教仏教の宗教の優れた教化によって涵養された心情であったと思います。人々はそれぞれセルフコントロール(自己調整能力)が出来る活動体であることを、日本で行われた宗教は早く覚証しておりました。そしてこれを「仏性」と呼び「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう…生きとし生けるものはすべて生まれながらにして仏となりうる可能性[仏性]がある、という意。)」と宣言し、人の個々の真性を強調して来ました。

「聞法為人説、常有是好夢(もんぽういにんせつじよううぜこうむ…教えを聞いて人のために説いている、常にこのようなよい夢をたもつ、という意。)」(法華経)の偈(く)がありますが、この好夢は良夢・善夢・正夢ないしは浄夢でもない、まさしく何ら対立概念の語を避けて醇乎として純粋な好夢なのであります。「仏性」の活発なるところ、常に好き夢を抱きながら、万般に接するならば家族の最善の絆作りは勿論、多くの人々との楽しい連帯感すら出来上がって来るものであろうと思いますし、いつもこの純粋な好夢を養生すれば、正しい法(教え)を人々に正しく伝えることも出来ると言うものでありましょう。ときに「セルフコントロールする活動体」は人々に欠けることなく備っている、本来の性質であります。

 人が家族のために身を挺して尽くす姿はまことに美しいし何処にあってもそうありたい。然し困難に苦しむ被災者の皆さんが必ずしも救われていないのはどうしてでしょう。勿論政治家の活動不足もあろうし、自治体の不手際も人々は耐え難いことでしょう。但し人々はわずかの損得軽重の打算を抜け出れば誰ひとりとして身辺の人々に貢献出来ないことはありません。生活を共にする扶け合う家族を扶けて共にその体(本体)の安穏を図ることは誰にも出来るし、これにまさる幸福はないと思います。

(Monthly News Letter「ファミリー・プロミス」より)