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味噌づくりで確かめ合う三世代の絆

世界新教育学会会計監査/日本道徳学会名誉会員/神奈川大学元講師放送大学元講師 加藤 一雄

 三世代家族の暮らしと言っても、長男夫婦と3人の孫たちが私たちの母屋の裏に増築した家に住み、玄関も台所も別々、お互いに寄り添って自立しながら暮らしている。

 私たちがこの土地を購入し、家を建てたのは今から 50 年ほど前になる。長男、二男と末娘が生まれ、この小さな家から近くの幼稚園や小学校に通っていた。

 大阪万博があった1969年頃の新横浜駅前には、まだ田んぼが一面に広がっていた。休日になると、「早く行こうよ」と急かされ、私は3人の子供を連れてオタマジャクシやドジョウ、大きなザリガニを捕まえて遊んだ。また、早く帰宅した日は、近くの原っぱでバッタやチョウやトンボを追いかけた。

 子供が自然の生物に興味を持った時期こそ、「父親の出番」と考えていたからだった。

 雨の日は、家の中でトランプや回り将棋、碁石を握って「どっちの手に持っているか」と代わり番こに当たるまで時間を忘れ遊んだ。

 家族の誕生日には、祖父や祖母も交えて7人が手作りのプレゼントを交換した。そのあと、それぞれが得意の楽器を持ち寄って「にわか家族音楽会」が開かれた。私はハーモニカ、妻はオルガン、長男はギター、二男は縦笛、末娘はカスタネットを使って「ハッピー・バースデー」を演奏。何年か前の今日、家族の一員となった誕生を祝い、全員で歌った。

 一年に7回の誕生パーティーは、楽しいわが家の家庭行事となった。この他の家庭行事として、クリスマスには裏庭から樅(もみ)の木を掘り起こし、子供たちと飾り付けをした。そして、1月の大寒が近づくと、家族全員がかかわる「味噌づくり」が、わが家の最大の行事になった。

 それから50年の月日が流れ、長男夫婦は「一姫二太郎」を授かり、早いもので孫たちのうち一人は高校生、二人は成人式も終わり、自立した。

 それでも、わが家の「味噌づくり」は長男の家族に引き継がれた。長男は正月になると、元日を「味噌づくりの日」と定め、家族全員に招集をかけた。

 元日の朝は賑やかだ。私たち老夫婦の台所に7人 が軍手を持って集合。大きな圧力釜で大豆を茹でる。その大豆を挽肉器に入れてつぶし、麹と塩をほぐしてからプラスチックの盥(たらい)の中で掻き混ぜながら親子夫婦、老人と孫たち、三世代がワイワイガヤガヤしゃべりながら大声をあげて笑い合うひとときは最高に楽しい。最後に長男が大きなかめに入れて仕込んだ。

 今年も笑顔と笑い声に包まれて、わが家は新しい年を迎えた。

(Monthly News Letter「ファミリー・プロミス」より)