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「知足」の人は聖なり

北陸先端科学技術大学院大学シニアプロフェッサー 中川 武夫

“人の一生は重き荷物を背負いて、遠き道を行く が如きものなり。不自由を常と思えば心に不足なし”

 この文章は、私の先祖、徳川家康が自らの子供、 家臣に教え諭したものとして、今に伝わっている。が、この教訓の本質は「知足」(ちそく)を無知蒙昧な私たちにも分かるように卑近な荷物を運ぶ人夫の作業を例えとして解説したものにすぎない。ここで、「知足」は仏教用語であって京都にある龍安寺の石庭の一角にある手水鉢(ちょうずばち)に刻印されている「吾唯足知」が豊臣秀吉をして感嘆せしめた歴史の一齣は、人口に膾炙(かいしゃ)している。

 ここでは、知足の人から “聖” がいかにして生まれるかについて考えてみよう。知足は、天然、素朴、無私、簡素、共生など南方熊楠(みなかたくまくす)が唱えたエコロジー思想の淵源であって、その中に自らの生存に必要な最小限を超えるもの、すなわち贅沢を嫌う心が本質として宿っている。したがって、知足の人の心は、余分な知や富を他者に譲りたいという望みがいつも満溢れている。この結果、知足の人は幸田露伴の言う、惜福(せきふき)、分福(ぶんぷく)、そして植福(しょくふく)のプロセスを何の抵抗もなく、ごく自然に進めることのできる人でもある。私たちは、こうした人を仮に聖と呼んでいるにすぎないのではないだろうか。

 まして、今日のように「不知足の人」で溢れかえる汚濁の世にあっては、「知足の人」と「不知足の人」との間のコントラストの強さはまばゆいばかりで、両者の判別すら付きかねるのが実情であろう。

 私は、最近になってようやく、聖となる志を立て、この目標に向かって日夜ひたすら努力を重ねている。その甲斐があったか、ほんのわずかながら私の身の周りにも聖の蜃気楼が漂い始めているようである。が、望むらくは、私が余り目立たないで済む、より良い社会となることを切望している。なかんずく、高位・高官に上り詰め、高録を食む人の中から聖を目指す人が一人でも現れ出ることを神仏に願って、本稿を偶然目にすることであろう有縁の人に捧げる。

 なお、中江藤樹(なかえとうじゅ)は聖となる志をわずかに 10歳を超えた年に立てたと伝えられている。が、立志の時期の早遅(そうち)を問うことは無用である。大切なことは、この志を立てるか立てないかであることは論を待たない。急げ!休むな!聖となれ!同志の奮起を心より願いつつ、一期一会の筆を折る。

(Monthly News Letter「ファミリー・プロミス」より)