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オピニオンopinion

子供が真似たいと思う“重み”ある親として

元北海道教育大学教授 村瀬 千樫

 品格を備え理想をもっている、真似をすべき大人が少なくなったと言われて久しい。一方、いくつになっても「大人の自覚がない」未熟な成人が増えており、我が子を虐待して死に至らしめるなどの事件が後を絶たない。

 もちろん、これらの事件を引き起こすのは、ほんの一握りの大人たちだけで、ほとんどは平和で幸せな家庭生活を築いている。しかし、一見その幸せそうに見える家庭でも、昨今、全国で問題になっているいじめの被害者、加害者になっている例もある。

 このことはここ30年余り、世の中全体が「正義とか正しいこととは何か」という問いをないがしろにし、これらを笑い飛ばしてきたことと関係があるとはいえないだろうか。つまり、今日まで続くまじめさを揶揄する風潮が価値観をあいまいにし、家庭の教育力をも崩壊させた一因であるといえると思う。

 結婚し、家庭を持ち、子供を育て、社会の一員として世の中に送り出す。この「子供を育てる」という家庭の土台が崩れてきているところに問題が次々に起きている。

 ある家庭相談員が「健康な家族をみたいと思うぐらい切ない世の中になった」と嘆いていたのを聞いて 20数年余り経つ。いまだにその親子のつながりは回復せず、断絶状態は急激な社会環境の変化でますますひどくなってきているといえる。

 少年院で罪を犯した子供に「時間が巻き戻せるとしたらいつに戻りたいか」を尋ねたところ、「小学校4年生の初めて万引きをした日」と答えたという。もし、この子が心身ともに健全な土台の環境に置かれていたら、こんな後悔はしなかったのではないかと胸が締め付けられる思いがする。

 子供は多くのことやものの価値の基準を教えてほしいと無意識に願い、成長していくものだと思う。 父母が仲良く、しかも「人の生き方」のような重要な事柄について価値観を一致させていることが何よりも大切なことと言える。そして、そのことが家庭の文化の基盤をつくり、親から子へ代々伝えていくことであろう。

 「なんじ父と母を敬え」という「敬う」というヘブライ語には、もともと「重くする」という意味があるという。親をはじめ世の大人たちは、子供たちに真似をしてもらいたい「重たい存在」でありたいと願うとともに、そのことが家庭の、ひいては社会の未来を明るくするものだと信じる。

(Monthly News Letter「ファミリー・プロミス」より)